6月8日
「いよいよ明日から。。。」

いよいよ明日からイギリス+イタリア出張です。
なんと3週間です。
ワールドカップと重なってしまうので、
イギリス人イタリア人の「血」を、
目のあたりにする出張でもあります。
昨年から私が望んでいました
3カ月間のイタリア研修に比べると
かなり短くなってしまいましたが、
それでも3週間というとそれなりの日数です。
ロンドン⇒ミラノ⇒ヴェネツィア⇒
ボローニャ⇒フィレンツェ⇒シエナ⇒
ローマ⇒ナポリ⇒カプリ⇒ソレント⇒
フィレンツェ⇒日本
の予定です。
相当いろんな仕事を突っ込みました。
かなり体力的な疲労が重なると思いますので、
今回は、ソレントで2日間だけバカンスを入れました。
なんとソレントの5つ星ホテル!!
ソレント最上級のホテルで
プライベートビーチというものを体験してきます。
身分不相応だと思い決めかねていましたが、
私が行く時の「下見をして来い!!」
との妻の一声で決心しました。
今回は、EUヨーロッパ連合の副議長殿へのご挨拶やら、
内閣官房との連携企画のミーティングが
フィレンツェで予定されているなど、
仕立て屋以外の用事もあります。
心の整理をしながら
一日一日充実した出張にしたいと思っています。
新しい発見と、新しい感性が手に入りますように
一生懸命見て感じて参ります。
それでは、行って参ります。
Masayuki≪ENZO≫Hamada
6月2日
「仏教哲学」

私は哲学的な言葉に触れるのが好きで、
いつもなんとなくその方向に耳をすませています。
今日も仏教哲学を少しかじっている中で、
釈尊の言葉が胸に響きました。
「自己に頼れ、法に頼れ」
という言葉です。
人は生きていく中で、
まずは自分自身に頼りなさい。
自分に頼る時、何を判断基準にするのか。
それは「法」。
法とは、自然の摂理、
人間としての道、
インドで言うダルマ。
仏教の説く真理。
そういったものを判断基準にしなさい。
するとおのずと自分が生きていく道が見えてくる。
そんな言葉でした。
猛スピードでグローバルに変化を遂げ、
毎日が暴走の中に過ぎゆく昨今。
皆、何かしっくりこない悶々とした思いを隠しながら、
または気付かない努力をしながら
生きています。
そんな時代に、私たちはきっと仏教哲学からも
大きな道しるべを与えられるという気がしています。
週末のひと時、
心静かに仏教哲学に触れ、
自身と向き合う時間が
私たちにはもっと必要だと思っています。
5月20日
「なかなかスケジュールを組むのが難しい」

来月9日から出発する「イギリス+イタリア」出張ですが、
スケジュールを組むって難しいですね。
まず4日間のイギリス滞在から始まるのですが、
以外にもイギリスのスケジュールを組むほうが簡単でした。
難しいのがイタリアのスケジュールです。
イタリアは毎年通っていますので、
イギリスと比べてはるかに土地勘もあり、自由自在。
いくらでも活動的になれます。
それが返って災いして、
2週間半に及ぶイタリア滞在のスケジュールを組むのが今回は大変です。
仕事で半分を費やすとして、
もう半分は人生を豊かにする為のインスピレーションを得る旅です。
とはいえ、そのインスピレーションが、また仕事に反映されますので
どこからどこまでが仕事か線を引くことはできません。
いずれにしても、ドラマチックな時間を
少しでも過ごせるような旅にしたいと思っています。
5月20日
「6月は3週間ヨーロッパ」

いよいよ来月の海外出張が決定。
3週間という久しぶりの長期滞在です。
今回は初のイギリスもスケジュールに入れました。
ロンドンを探検して参ります。
今後イギリスを少しずつ掘って行きたいので
まずは慣らしでロンドンの風を感じてきます。
そして、イタリアも2週間滞在。
少し足を延ばして、
初めての土地も行ってみるつもり。
私の胸の中に沢山の仕事の案件があり、
どこまで今回の出張でまとめられるか挑戦です。
現在出張シュミレーション中。
結構移動距離が多いので、、
しっかりとスケージュールを組まないと
忙しすぎて折角の旅が駄目になってしまいます。
忙しい旅は駄目ですよね。
ゆったりした時間を過ごしながらでないと
いいアイデアや素敵な出会いは望めません。
是非いい旅にして参ります。
帰国しましたらまたBLOG沢山書きますね。
お楽しみに!!
5月18日
「歩けばそこが道になる」

多くの方々のご期待を受け、
今月のスーツやジャケットの注文が天文学的量となりました。
ようやく関東出張から関西のアトリエに戻り、
今デスクに座って息を整えているところです。
そこで思いだされるのは、
20代後半は、これほど多彩で多様で大量の注文を受けると、
頭がフリーズし、ただその恐怖におびえることしか出来なかった頃のこと。
私にテーラリングを伝授下さった先生のところに駆けつけ、
泣きついて、手伝ってもらっていたことが思い出されます。
あれから5年ばかり。
5年という歳月が長いのか短いのかは
私にはわかりません。
ただ、今は怯えていないという現実がここにあります。
私の心はただ冷静です。
お一人お一人の体型をくっきりと頭の中に映し出し、
今までの技術と経験と研究の蓄積を順序良く
作品へと転化させていくだけです。
決して自信があるわけではありませんが、
自信が無いわけでもありません。
ただ、期待を裏切らない仕事を目指す。
その決意がここにあるだけです。
来月は、3週間に渡るヨーロッパ出張です。
久しぶりの長期出張。
イタリアへ通い始めて約10年。
3週間に渡る出張のシュミレーションは、
目をつぶれば鮮明に描けるようになりました。
「歩けばそこが道になる」
只今35歳。
そんな思いが確信へと変りつつあります。
5月15日
「艶」を追い求めて。。。

東京出張最終日。長い長い1週間でした。
こんな不景気にも関わらず、本当に多くのご注文を頂きました。
当店を応援頂く皆さまには、心より感謝申し上げます。
昨日は、「みのもんた」さんとお話させて頂きました。
気さくな方でした。
いつもTV番組では、美しいシルエットのジャケットをお召しです。
(そうでないときはTV局の衣装です。)
彼の服は美しいだけでなく、いつも不思議に思っていたのは、
私が作る服のシルエット、服の構築のされかた。
職人的に言えば、型紙が良く似ているのです。
その秘密をお聞かせ頂きました。
答えは、「ブリオーニ」でした。
謎が完全に解けました。
私と同じ故郷、技術、技法を持つブリオーニでした。
ブリオーニと私の服の違いは、
芯地が少し私のほうが厚手を使うということ。
少し重量が増えますが、耐久性が向上しますので、私はあえてそうしています。
ハンドメイドの箇所が私のほうが多いということ。
体型補正がもっと正確に入れられるということです。
全てにおいてブリオーニを超えているように
聞こえるかもしれませんが、
もちろん私はずっとブリオーニを越えようと努力してきましたし、
今も超えようと頑張っています。
負けていると思うところは、
まずは相手が「ブリオーニ」であるということです。
相手が車で言えばフェラーリであるということです。
日本の弱小工場がフェラーリを夢見て頑張っているわけです。
いくら頑張っても、私が死ぬまでの間で
ブリオーニやキトンという名前を超えられるとは思えません。
諦めているわけではないのです。
いつも私が目指し、夢見る存在であってほしいのです。
もうひとつは、色気でしょうか。
艶とも言いかえることができると思います。
ブリオーニはなんとも言い難い「艶」を感じます。
まだまだ、私もこれからです。
頑張ります。
あの「艶」を追い求めて。。。
4月26日
原点

毎日何かと仕事があるというのは有りがたいことです。
しかし、3月~4月下旬にかけての忙しさは凄かったです。
仕立て屋以外のさまざまな案件が重なりに重なり、
毎日違う種類のプロジェクトに向き合う日々でした。
私のような不器用な男には、
種類の違う案件が重なると大変なストレスになります。
ようやく少し、その重なりから解放され、
ここ一週間は仕立て屋の仕事にゆっくりと向き合う時間を頂けています。
やっぱりこの仕事が好き。
改めてそう感じることができ、
嬉しい気持ちに浸っています。
先日、スーツ生地の一流ブローカーとの打ち合わせがありました。
久しぶりの再会。
相変わらず、素晴らしい生地を沢山紹介してくださいました。
美しい生地を目の前にすると、
職業柄なのでしょうね、
とにかくワクワク・ドキドキします。
イギリスやイタリアの超一流生地。
今年一年私が販売する為の掘り出し物をかき集めます。
見れば見るほど美しく、
触れば触るほど作り手の情熱と美への感性が伝わってきます。
こんな生地を加工させてもらうことへの、
生地メーカー様達への感謝と尊敬の念。
またお客様へこの感動をお伝えすることの喜び。
この仕事の原点だと思います。
この仕事に出合えてよかった。
4月25日
BLOGについて

数年BLOGを続けてくると、いろんな方々から「BLOGを見ている」というお声を頂くようになってきました。
インターネットは、人と人の間をバーチャル化していく
儚さと裏腹に、思ってもみない新しい出会いがあります。
最近感動したのは、私が昔から憧れていた同業者の大先輩から
「君のブログのファンだ」と言われた時です。
正直本当に驚きました。
心から光栄なことだと感謝しています。
私にとってBLOGとは、
自分の歩いた足跡のようなものだと感じています。
その時、その時に思ったことを素直に発する。
昔のBLOGを時々自分で見返しながら、
恥ずかしさや、懐かしさに浸るときもあります。
6月、再びイタリアへ出張したいと思っています。
また新しい出会いと新しい発見を目指して
船出したいと。
イタリア人からも、もっともっと
新しい価値観を教えてもらいたいと思います。
4月18日
なけなしのお金を服につぎ込む意味

格差社会とか言われ日本の一般的サラリーマンの多くが家賃と生活費で精一杯。
そんな世界で決して安いとは言えない高級紳士服を扱うという仕事。
こんな不景気ながらも、よくもこんな仕事で飯が食えているな~と我ながら感心しています。
この仕事でちゃんと生計が立ってきたのは、
独立してから9年目、今からちょうど3年前。
23歳から仕立ての勉強を始め、
服という服が作れるようになるまで、
多くの友人がお客様として私の生活を支えてくれました。
こんな暴走する時代に、
仕立て屋などという歴史的技術職。
一人前になる為に30年とも40年とも言われる仕事に
ロマンを抱いてしまったあの時から早12年。
未だその情熱おさまらず、
さらなる美しい洋服界のフェラーリを目指して勉強を続けています。
男なら一度は手にしたいと思うフェラーリ。
その魅力はなんでしょうか。
そのフェラーリを生み出しているイタリア男という民族が、
一番大切にしているのが「マンマ」お母さんです。
そしてその次が「彼女」、正確には女の子を追いかけること。
そして3番目がファッションです。
人生の中で大切な優先順位3位を誇る「服」という代物。
男にとって美しい服は、
なけなしのお金をはたいても価値ある物である。
そんなふうに、人生とは何か?を知り尽くした世界の哲学者
イタリア人はそう言います。
そんな偉大なロマンを持つ仕事に誇りを感じ、
こんな不景気のど真ん中にも関わらず、
私は、真っ正面から「仕立て道」を突き進んでみたいと思っています。
可能か不可能かは、歩いてみてからです。
今日も注文を頂きました。
コートとスーツ、スラックス。
貴重な仕事と精一杯向き合って
感動をお届けしたいと思います。
4月17日
美しいという価値

美しいというのは それだけで価値
そんな経験を最近多くしています
いくら日本人がイタ飯といって
本場イタリアよりずっと美味しいイタリア料理を作ろうとも
いくら日本人がちょいわると言って
イタリア人のファッションを単にまねようとも
それは所詮 浅墓なサルまねに過ぎないことに
いつになったら日本人は気付くのでしょうか
喜びや悲しみ 香りや感触を
血液の中に流しこみ
それらと一体化して
生きる喜びに変えるには
もっともっと速度がゆっくりでなければなりません
美しいということ それだけで価値
その美しさを鑑賞する時間さえこの国にはありません
結局 私は人生という意味の大部分を
イタリア人から学ぶことになるのでしょうか
4月9日
心の眼を養いたい

人のしての幹となる部分に栄養が行き届かないのは、
現在に始まったことなのでしょうか。
毎年3万人を超える自殺者が、もう聞き慣れてきてしまっています。
「ああ~また今年もか~」って。
山手線が人身事故。
これも最近慣れてきてしまいました。
3万人という数字にリアリティーが持てません。
人口の0.025%と言えば少ないという印象すら抱きます。
なにがこうも日本を生きにくくしているのでしょうか。
あらゆる商業情報やランキングに振り回され、
暗記を軸とした教育が、自分の頭で自分なりの答えを出すということを避けて通ります。
学校では正解があるのに。
学校を卒業して社会に放り出されると、
そこにある正解は、金儲け?
何をもって美しいとするか。
何をもって価値あるものとするか。
そんな哲学的な問いに対し、社会は簡単にランキングで表示します。
そのランキングに疑問をもつ余裕を社会の速度の速さが与えません。
自分の人生と向き合う時間を与えられず、
そのテクニックさえだれも教えてくれません。
自分の人生さえ誰かに評価してもらいたい。
自分の人生が旨く行っているのか?
行っていないのか?
その答えを社会は、安易に「勝ち組・負け組」と評します。
あ~。心の眼を養って、意味のない価値観を体から振り払いたい。
今年は、沢山の素晴らしい作品に触れることで、
じっくりと自分を育てて行きたいと思っています。
4月4日
バーチャル化

ツイッターやMIXIが流行り、人と人とのつながりがますますバーチャル化していきます。
人と直接会わなくても、ネット上で済むことが増えました。
経済を回すために、酷使される日々。
休みの日ぐらい、人と会いたくない。
そんな声が聞こえてきます。
他人との関係がバーチャルになると、
自分という存在が希薄になっていきます。
それは、自分の存在というものを認識するには、
何か「鏡」が必要で、私たちは自分以外の人間を鏡として、
自分というものを認識しているからです。
人との関係がバーチャルすればするほど、
自分自身がバーチャル化していくのです。
こんな悲劇が日本では加速しています。
「便利、効率的、合理的」という要素が、
本来「無駄」という物の中に人間の本質的な部分があることを否定し、
人間が機械化され、感情が崩壊していきます。
同じ機能を持つなら、より安いほうがいい。
同じ結果なら、より楽な方がいい。
そんな世界の向こう側には、
きっと地獄が待っていると思います。

HOME



