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イタリア流とは?
■イタリア流とは、仕立て服とは何か。という問いに向き合う仕事をいいます。ただ服を作るということを超えて、お客様とあるべき服を模索します。
■「SARTO(仕立て屋)」とは翻訳者だといいます。お客様が求める服、必要としている服を形にする仕事です。高い技術の習得はもちろんのこと、服に対する深い理解を日々求めながら、人生を素晴らしい舞台芸術にするために、エレガンテとは何かを求めて行く仕事です。
■技術の話をすれば、イギリス式もイタリア式もちゃんと作られた服は型崩れしません。それは体型の骨格に合わせて「SARTO」の腕によってミリ単位で設計されるからです。体に合わせて作られるので、着用することで形が戻るのです。高価なスーツであろうが、安いスーツであろうが、初歩的な設計ミスや縫製のゆがみがあれば型崩れにつながります。それを最初に見分けるには、知識と経験が必要です。
■イタリア式の仕立ては、「彫刻」と同じ表現がなされます。これはイギリス式とは決定的に違った特徴だと言えるでしょう。中でもイタリア式は、ミラノ式とナポリ式に大きく分かれます。厳密に言えばフィレンツェの仕立ても独特で高度な技術を要します。技法だけのことでいいますと、適度な肩パッドが入り胸に張りを持たせて、優美な曲線を絵筆を取るように設計していくミラノ式。そして、南の土地だからこそのリラックスした優雅さ、肩パッドを極力なくし、生地本来の持ち味をそのまま体に纏わせ、独創的な技法で限りなく身体になじませる≪第2の皮膚≫と謳われるナポリ式。同じスーツを創るにも、ここまで考え方 と求める方向性を違わせることが出来るものなのか?と驚かせれます。
■いずれにしても、イタリアという国で育つ職人は、誰もかれもが個性の塊。日本では考えられない独創的な世界です。一着のスーツに向き合う情熱は物凄いものがります。イタリア式とは、単に技法という枠をはるかに超えて、イタリア人達が考える「美しい」という形容詞に「向き合う姿勢」そのものをイタリア流と呼び、それを形にする彫刻方をイタリア式と呼ぶのだと私は理解しています。
■彼らは、人としてのエレガンテという高みを目指し、人生の美しさを追い求める旅人たちです。それがイタリア流でありイタリア式であると。
Masayuki Hamada