ABOUT of 濱田洋服店 HAMADAYOUFUKUTEN



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なぜイタリアなのか?

日本で一流といわれている音楽大学を出た日本人がイタリアに勉強に行って、まず最初に言うのがこのセリフだといいます。「いったい私は日本の学校で何を勉強してきたというのだろう。日本で教えられた発声法が、歌の本場のイタリアと全く違っているのです。」それは私がイタリアに初めて降り立った時、まず感じた気持ちと似ていました。もちろん私は「イギリス流」という技法を日本で学んでいましたので、イタリアのそれとは違って当たり前です。だから音大卒の方々との思いとは全く同じではありません。しかし私の求めているものはこれだ!!と確信を得ました。体中に電流が走るのをこの時はじめて経験したと思います。今まで習ってきた服作りとは全く違ったものがそこにはありました。ロールス・ロイスやベントレーしか見ることの無かった男が、初めてフェラーリという車を見てしまったのです。それは完全な一目ぼれでした。艶っぽくしなやかで、軽やかでありながらエレガントで、しかもスタイリッシュ。その日が私とイタリアとの出会いであり、それ以来毎年どっぷりとイタリアと往復する人生となります。イタリアを知れば知るほどイタリア人の持つ強さと優しさと美意識が私の心打ち、イタリア人でしか作ることのできない物があるという確信に至るのです。

イタリア流ハンドメイドとは?

ハンドメイドとは文字通り「手縫い」を意味するのですが、私の指し示すハンドメイドとは、イタリア流という頭文字がつきます。これは日本で一般的であるイギリス流とは定義が全く違うことを意味します。型紙の作り方や芯の据え方、縫製の手法に至るまで、すべての工程がイギリス流とは異なる事はもちろんのこと、どんな服が美しいのか?どんな服を目指して作るのか?という美意識の違い。服を作る上での、そもそもの出発点が全く違う方向であることが一番の違いです。それはロールス・ロイスを設計するのと、フェラーリを造るのとが、同じ車を作るのにここまで何もかも違うのか?という事例とほぼ同じ意味です。私が初めてイタリアという地を踏んだ時。「私はスーツの世界のフェラーリを作れる仕立て屋になる。」当時20代の若き仕立て屋の卵がイタリアで情熱に燃えた瞬間でした。

Masayuki Hamada